しゃらの日記

wa-風大好き、しゃらの日記です.

エジプトの思い出 献轡腑奪團鵐阿肇哀襯

 バザールへ行くのは楽しみでした。
 アスワンは、香辛料が有名で、たくさんの香辛料があふれていました。
定価のないバザールでの買い物は、はじめはとまどいがち。サフランなどをやっと、購入しました。



 有名なのは、カイロの巨大なバザール、ハーン・ハリーリ市場。いったいどれぐらいの店があるのか想像できません。
アスワンでの練習が生きて、少し、交渉にもなれてきました。エジプト流買い物を、しばし楽しみました。
2枚目からは、バスの中からの写真です。バス





お土産として、よく買われるのは、金製品(アンク、カルトウーシュのペンダントトップなど)、香水瓶、パピルス(世界最古といわれる紙)、エジプト綿のTシャツ、ヌビア地方の織物、石細工、ハイビスカスの紅茶などなど・・・・

エジプトでの食事ハンバーガーホットコーヒー

 食べ物は、あまり期待していませんでした。
香辛料がいっぱいで、食べられなかったらどうしょう…、帰るころには、やせているかも…などと心配していました。

 まず朝食は、ホテルでのバイキングなので、何も心配ありませんでした。
エジプト風のものは、少しずつとって、試してみました。パンがおいしくて、こんなに朝から食べていいのかしら?・・というほどでした。


お昼・夕食は、ともに、小さいホテルのレストランとか、エジプト料理の専門店、船上レストランなどいろいろでした。
 コース料理のときは、前菜は、タヒーナ(ゴマのペースト)、ホンモス(ひよこまめのペースト)、トルシー(ピクルス)などがでました。
特にゴマのペーストは必ずありました。アエーシ(丸くて薄いパン)をそれにつけて食べました。すっかり慣れてしまいました。


 
 スープは、麦状のパスタの入った、チキンスープ、さいころ野菜のはいったスープ、などが多く、名物のモロヘイヤスープも、いただきました。
麦状のパスタにはびっくりしましたが、そばにそっくりのパスタが入ったスープもありました。


 飲み物は、基本的にはお酒を飲まない国ですが、観光客は、エジプトビールビールを飲んでいる方が多かったです。私たちは、名物のハイビスカステイーをいただきました。おいしかったですよ。


 メインの料理は、エジプト料理が中心でした。
コフタ&ケバブ(細長いミートボール&串焼きひき肉)
タジン(トマトソース煮込み)
カラマリ
バイキング

デザートは、ちょっと甘すぎ・・・という感じでしたが、おいしくいただきました。コナーファとか、バスブーサとか言われるものです。

 というわけで、結果はいわずとも…で、やせるどころか…でした。


  • 2009.01.18 Sunday
  • 16:17

エジプトの思い出 轡┘献廛箸凌佑燭舛諒襪蕕

 エジプトの印象を1字で現すとしたら、“悠”でしょうか。
ナイルの流れのように、悠々として、おおらかな雰囲気が感じられました。
 約50%(たぶん・・・)の人が、公務員とかで、今よく言われる、ワークシェアリングのようなものでしょうか、短い時間の仕事で、給料も安いそう。その代わりたくさん雇われているのですね。
そして、昼間のお休みをはさんで、夕方からもうひとつの仕事をするそう。
あわせて、7〜8万で、物価が安いので、十分生活できるようです。

デパートのような店のディスプレイ(動く車から写したため、ピントが合っていませんが…。)





 女性の社会進出はまだまだなのか、ホテルや、店などでは、ほとんど働いている姿は見られませんでした。ムスクの切符売り場、両替所では見かけましたが・・・

 ルクソールやアスワンの中心から出ると、ほとんど、レンガを積んだ家になります。でも屋根はないのです。現地ガイドさんに聞くと、雨が降らないので、いらないとのこと。ところどころ、しゅろの葉をのせて、屋根にしています。


ロバが大活躍していました。


最近は、コンクリートで基礎をする家が増えているようですが、2階、3階は、基礎の鉄筋が突き出たまま。「全部作りかけ?」と思ったら、ローンという制度がないので、あるお金でできるとこまで作るそう。
カイロなど大都会の中心地のビルでも、5階や6階に鉄筋が突き出たままでした。

 カイロの大渋滞はびっくりでした。
片側3車線の道に、5車線分の車がびっしり。信号はほとんどなく、警官がところどころで整理。遠慮していたら、1日たっても横からは入れそうもありません。そこへ、いっぱい入ってきます。ピーピー、抗議の警笛だらけ。事故も何度か見ました。

ギザへ向かう道の渋滞。ピラミッドに出勤?するらくだたちも渋滞でとまったまま。



  • 2009.01.18 Sunday
  • 14:31

エジプトの思い出 競淵ぅ訐遏09.1.6〜13)

南北に流れるナイル川は、エジプトにとって大きな存在です。
6000キロもの長さのナイル。雨はほとんど降らないのに、アフリカ中央部の大量の雨のため、古代から、年に数ヶ月は大氾濫に見舞われてきました。
アスワン・ハイ・ダムなどの建設で、氾濫はなくなりましたが、そのため、多くの遺跡が水没することになり、ユネスコなどの協力で移設されました。
 ナイル川に沿って街が発達し、ナイル川の水を使って作物が栽培されています。
 冬は温暖で気候がよいため、避暑地としても発達し、アスワンには、アガサ・クリスティがお気に入りだったことで有名なオールド・カタラクトホテルがあります。「ナイル殺人事件」の舞台にもなったところです。

オールド・カタラクトホテル

泊まったホテルからのナイル川


 カイロとアスワンの間には、クルーズ船もあり、また、アスワン周辺には、大小さまざまなファルーカ(ヨット?)がみられます。
私たちも、約2時間大型ファルーカに乗って遊覧したり、船頭さんの楽器と歌に合わせて、教わった掛け声と手拍子で一緒に楽しみました。
ナイル川に沈む夕日を見てファルーカを下りました。


  • 2009.01.17 Saturday
  • 08:32

エジプトの思い出 汽┘献廛箸琉篝廖09.613)

 エジプト最後の日、現地ガイドの方に、「どこが一番印象に残っていますか?」と聞かれました。
ピラミッド、アブシンベルなどが多かったのですが、私は、ルクソールの神殿が、一番心に残っています。
カルナック神殿、ルクソール神殿を、着いた翌日一番に訪れたのですが、圧倒されて声も出ない・・という感じでした。
広い遺跡の中に、祈りの部屋という3つの小さな部屋があったのですが、なんだか動くことができず、人がいなかったので、しばらくじっとたたずんでいました。
 4000年前の遺跡という歴史の長さ、そして、その建物として、またその美的センスからも、当時の人たちの頭の良さも、すべて驚きでした。
 
 石の国と、日本の木の国が対照的です。
歴史の長さでは、比べることもできませんが、日本の最古の法隆寺の五重塔のすばらしさを改めて感じました。木造で、1500年(?)ですものね。

順序は逆ですが、最後に訪れたピラミッドです。
朝早くて、もやって、ぼやけています。


見ていると、らくだが現れました。





スフィンクスのところから見たピラミッド


ルクソール東岸の、カルナック神殿と、ルクソール神殿




祈りの部屋のひとつです。



ルクソール西岸です。

持っていた、麻のショールが役立ちました。サングラスと、帽子は必需品です。

ハトシェプト葬祭殿


コムオンボのコムオンボ神殿


スーダンへあと35キロ位という、アブシンベル神殿へは、バスで、往復7時間ぐらい、砂漠の中を走りました。見渡す限り砂・・・・。蜃気楼もくっきりと見えました。
アスワン・ハイ・ダムの建設で、ナセル湖(琵琶湖の7倍の広さ)に沈むところだった神殿は、ユネスコなどの協力で、がけの上に移築されたため、ちょっと自然さにかけるのは残念でしたが、すごい遺跡でした。



そのほか、エドフのホルス神殿、切りかけのオベリスクなどたくさんの遺跡を見ました。

カイロでは、世界遺産のイスラーム地区のモスクを見に、フリーの時間に出かけました。モスクの数は600以上とか・・・
その中でも有名な、ムハンマド・アリ・モスクと、アクスンクルー・モスク(ブルー・モスム)の中へ入りました。


  • 2009.01.15 Thursday
  • 14:41

近くにできた、Oniichan and Kitchenへ行ってきました。(08.12.30)

近くにできた、元若乃花プロデュースのお店、Oniichan and Kitchenの2号店というところへ行ってきました。ちゃんこ専門店より、ダイニングレストランということで、家族づれ等にぴったりの感じでした。
店内の雰囲気もいいし、ワインもいっぱい、子ども向きのメニューもいろいろで、若い家族の多い地域なので、ぴったりかな?

 ただ、先に着いて、1階入り口待合で待っていたのですが、受付のお店の方は電話中。社内の方との電話の様子なのに、なかなか終わりません。
やっと終わって、「いらっしゃいませ」には、ちょっとがっかりしてしまいました。



  • 2009.01.01 Thursday
  • 21:21

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